トップページに戻る
ものぐさ姫草子

苦しゅうない、もそっと近う寄れ

めにぅ めーる BBS 日記才人


2004年10月21日 (木)

父親と母親から自分ってどう見えているんだろう、とか、詮無い事を考えてみる。
きっとこれだけは変わらない――「いつまで経っても子供だ」と思われる事。それ以前に、就職が難しいとか話さなければよかったかな、とも考える。わたしが申し込んだアルバイトは全部耳を理由に蹴っ飛ばされたし、とある(わたしより重たい)聴覚障害者の女の子は「風俗しかないんだよね。バイトって。この仕事を始めた理由は、そこにもある」というような事を言っている>風俗ならば絶対働けるという事ではないよ!!
就職先がなかなか見つからないという事も、それもまた幸せのひとつだろう。なんて書いたら「バカかお前は」と言われそうだが、「就職出来るまでチャレンジできるだけの時間」が、そういった人々には約束されている。就職出来るまで苦しいという人もいるし、わたしもその中のひとりだけど時間がある。体調は崩れたり持ち直したりをくり返しているが、命がある。命にも時間にも限りはある。
それでも「あなた、あと少ししか生きられないよ」と宣告されたわけではない。
恋もしている。やりたい事も見つけた。
わたしには、それすら叶わなかった友がいた。この季節になると、彼女の事を必ず思い出す。

カリエス記は、まだサイトの方では日記でしかその存在を明かしてはいないが、動作確認のついでにこちにも読んでくれればと、日記を読んでくれている友達にアドレスを教える(ものぐさ姫に書かれているアドレスは日記才人経由)。昨晩はCGIを組むのが趣味なC君に見てもらって、バッチリ動いている事が確認出来た。
「これ、一見CGIに見えたけど、全部手打ちなんだねー」
えっ? CGIっぽい!? なんて嬉しい事を言ってくれるんだ!!(笑)>自分では未だ最初から組めません
いつも読んでくれているBちゃんには「2年前の事を、何で書こうと思ったの?」と問われた。わたしはそれに対して「過去の自分へのケジメかな」と答えた。骨があった頃には、2度と戻る事は叶うまい。イアーバンクでお世話になっても変わらず、えぐられた頭蓋骨の一部は決して返ってはこない。
失うと戻ってこないものがあるという事の認識、そして、自分の様々な病気の認識の甘さへの戒め、学生という身分を特権だとでもいうように感じていた当時の傲慢なわたしへの、自分なりのケジメだ。わたしは小学生の頃から「書く事によって己を認識する」といった事を、この年になってもやっている。
全ての人に「書く事」を勧めはしない。書く以外にも自分を認識出来る方法はいくらでもあるから。

もしも人様の掲示板に書き込む回数や文章が(かなり)多くなってきたならば、自分でサイトを立ち上げる事をお勧めする。その理由は、「誰かが書いた事について何か論じる気持ちがそんなに頻繁に訪れるのならば、自分でそれを題材に主張出来るのではないか」と常々考えている我が身にある。掲示板のレスポンスがわたしのサイトでは頻繁に遅れるが、日記は不特定多数が閲覧していく。思う事があれば、わたしはチャットや掲示板、メール、メッセンジャーでそれを受け取る。
ただ、掲示板に(日記が、ほぼ同じ自分という根底がある主題を持つにもかかわらず)やたらと書いていく人をたまに見受けるので、わたしの発言に色々な意見をいただけるのは、表現者としてたいへん嬉しい事だが、うまい文を残していく人が多く、勿体ないとかなり感じている>ネタにされたいなら別よ?(笑)
しっかりと『自分』を見つめてとらえればサイトを立ち上げ、自分にある“何か”を掲げて運営していく事が可能だ。サイトを持たない理由が「料金を支払えない」という事や「タグが解らない」など、そういう事だと少し哀しくなる。無料でスペースを提供してくれるプロバイダ、あるいはサーバは探せばあるし(実際そういう人は日記書きさんにも多く、あのライブドアもブログスペースを提供している)、タグはサイトのソース解析でいくらでも拾ってこられる。
スタイルシートやCGIを無料で提供している人々はネットワークの海に、応じた潮流に乗った魚達のように泳いでいる。それを見つけられないのは探索不足もあるし、覚悟不足でもあるだろう。サイトを立てるという事は、自分を文字や画像で表現する事にほかならず、そしてそれは「匿名性の利用で一方的に発信される情報」ではなく、自分のサイトの存在、及び内容、方針に責任を持つ事でもある。


わたしは頭を下げてでも、この日記を書き続けていきたい。ずっと書き続けていく事が出来るなら、それはわたしにとって最大の幸せのうちのひとつになる。だけど、それはあくまでも「わたしの幸せ」であり、この日記は「わたしの幸せである事を望む人」によってプログラムを組まれ、作られている。掲示板もひとえに彼らの気持ちがあればのこそであり、助力なくしては存在もない。

何ひとつ無駄にしたくない――それがわたしの正直な気持ちだ。
夢のようなものであっても、叶う夢もあるのだ、自分で叶えるのが夢だ。
わたしはそう、強く信じている。


2004年10月20日 (水)

台風がひどいどころか、落雷まである関西地方。閃光だけで照明がもつのではないかと思うほど、窓の外が時折まばゆく光る。
昼頃、婦人科に「とても行けそうにありません」とキャンセルの電話を入れると「こんな天気ですものね」と、来週に予約は延びた。電話がまだ使える状態にある事に感謝(むしろ耳)しつつも、自然には勝てないと解っていながら、この天気は恨まざるをえない。何故、10月下旬になっても台風が来るのか…しかも大型で乱暴者。ついに我が家も雨漏りだ。
医大も行けるはずがなく、金曜日に強行突破となりそうだ。抗生物質や消毒では、耳だれは止まらない。切開しなくてはならない…カリエス記を読み返して、焦りが増す。焦っても何もいい事なんてないと解り切ってはいても、そうクールに割り切れない時もあるのは、人間である証拠なんだろう。
頭で考える事も大切だが、心が焦りを感じているという事は、心が生きているという事なのだから――

カリエス記は昨晩までおかしかったようで、「ネェ(わたしの呼び名)、画面が真っ暗だよ!!」と、これまた友達に言われて気づく。情けないですが、バグなどありましたらご報告お願い申し上げます>サイト作成者の名前が不思議な名前になっているのは、そのせい。ウィンドウズの友達に動作確認をしてもらっています
フェッチでアップしても、ごく普通の表示にわたしのMacではなっていたので、気づかなかった。しかも、タグには半角英数しかないのに、手許のHTML本のアスタリスクが全角の「*」になっている。アスタリスクだと解りやすいように、との配慮だろうが、半角英数で打て!! とまでは書いておらず、裏返したカバーには「本体価格1600円 +税」――わたしが「金返せ!!」とその本を床に叩きつけそうになったのは、言うまでもない。
見映え上の理由からスタイルシートを使っているが、ブラウザが違うとスムーズに見られないかもしれない…これについては、まだ改良の余地もりだくさん。色んな事情で一時中止していたサイト巡りを再開してみると、「これはどうやって作ったのですかー!?」と見とれるぐらい、美しいサイトがある。そして自慢ではないが、わたしのサイトは遠目になるほど見苦しい。
サイトトップページ(この日記から飛べます。暇で物好きな心優しい方はクリックしてみて下さい)にスクリプトを利用した『ハーボット』を設置しているせいか、困った事にトップではなくメニューページをブックマークする「困ったさん」もいて、その「困ったさん」はアクセスカウンタで弾くように設定したが、Javaって何!? という親友に「忍者に怒られたー」と言われ、今では外している。彼女はウチのハーボット(ソネットが運営している一種のロボット仕様プログラム…と書いている最中、ソネットサーバ混雑エラーメッセージ。リヴリーメンテナンス終了後2時間経過、爽やかな笑顔が浮かんでくる)TしゃなUとよく遊んでくれるし、ハーボットと遊ぶのが好きな人もいる。
だから、トップ以外をブックマークする一部の人間のためなどに、スクリプト制御をかけたくないのが本心だ。ちゃんとトップページをブックマークしてくれている人々にも迷惑がかかるし、無理矢理インラインタグでトップに吹っ飛ばすという荒っぽい手段もあるが、これはもうネチケットを守っていただくしかない。現在では「ネットマナー」と言うようだが、わたしは敢えて「ネチケット」と言いたい。使い分けはするけども。
せっかくCGIも借りてきたのに、サーバが立たないという情けない理由で何やってんのかなー、わたし。


先日は、わたしの現在はこの人がいなければなかった、と言えるくらいの人がネットに復活していた。
わたしは結局、彼女が2ちゃんねるにぐちゃぐちゃにされた時、何も出来なかった。「ネットでの存在」というのは、現実世界に開いているインターネットという名の窓に人を見て、責任を持つという事だ。無力であったわたしは、2ちゃんねるという負の場を憎むしかなくて、総じてそれは「2ちゃんねるとそこにいる人間、2ちゃんねるを閲覧している人間への憎悪」に変わっていったが、わたしの友達や親友には現在も2ちゃんねるへ出入りしている人がおり、その人々がどうして友達や親友と呼べるのかは、彼らとつきあってみれば解る事だ。
彼らは2ちゃんねるどころか、ネットにおける匿名性の悪用さえしない。発言に責任を持っている。
それが彼らの精神の中で、最も尊ぶところである。

これが出来ない人間には、ネットに存在する価値は無い。
コソコソやってるヘタレどもには、スパム政策に金を払うのがお似合いだと思うのだが、如何だろう?(笑)


2004年10月19日 (火)

嬉しい事が、次々と起こる。
嬉しい事があるたびに、幸せをその分奪われるのではないか?
…と、怯えて過ごした日々に、さよなら。もうわたしは決してそっちを向かない。


幸せな事が、ありました。泣けちゃうくらいに嬉しい事でした。

別に、入籍したというわけでもなく、就職なんて内定すらいただいてないけれど、それでも「幸せ」と呼べるものは確実にこの世にちゃんとある。それがどんなにささやかなものであっても、わたしにとっては「幸せ」。たとえば、痩せてペアリングがまた薬指に光っているとか(笑)…そんなものもありだけど、この幸せについては、また別の日記に書く(連絡が取れなくなっていた人の消息が解った、とだけ今は記す)
さすがに医者3連破は無理で、水曜日の午前が医大、午後が婦人科に…という予定になった。台風が近づいてきているが、大丈夫なのだろうか。予報円最接近は明後日となっているものの、台風というのは気紛れで、途中でのんびり歩き始めたり、はたまたダッシュをかけたりする。
異常気象は侮れないが、台風そのものがそれ以前に侮れないという事に、愚かにも書いてから気づく。

カリエス記をフレームつきに改造。…うげ、リンクの処を修正しないといけない。
しかし、これだけ作るのに5時間くらいかけている。左のテーブルはカレンダーも最初から作ったので(そもそもカリエス記そのものを改装する為に、フレームの下地やらいじって初期化状態)、それもあるが、たったこれだけ作るのにこんなに時間がかかったというのが情けない。
しかも、《ブリーチ》また見逃してるし…くぅ、一護ぉ。
……また修正に入らないと(この日記がアップされた時には、終わっている)。ターゲット指定をすればいいだけだったのに、表示にこだわって気づかなかったとは。しかし、当時の日記を読んで不思議に思うのは、ノートの中身を全部自分でも記憶していなかったり、あれだけ服薬してよく体が耐えたと思う事だ。当時、わたしはバルビツールを服用していて、それでもノートには「眠れない」と書いてあったりする。
精神科がない!! という叫びは「そんな薬じゃ眠れない」というものから来ている。飲んでも駄目なら注射、注射でも駄目なら点滴を入れるというのがこの病院のやり方だったが、それでもわたしは目がパッチリと開いていて、動かないから寝ているかと思われた事もある。本当はとあるページの文章を追って固まっていただけなのだが、バルビツールを飲んでもたったの3時間しか眠られなかったのが2年前なのか、と思うと、何か不思議なものがある。
手術直後は、さすがに動けなかったようだ。ソセゴンというきつい薬が体に残っているはずなのだが、意識が戻ったわたしが真っ先にやった事は、自分の生態記録取りだった。まだ飲食の許可が出ていないのに無断でデパスを飲んで頭痛を鎮めた事や、着替えたさに1日で歩こうとした事など、不良患者っぷりがどんどん明らかになってくる。すごくいい感じのナースさんがいた事、どんな手術だったのか説明があるまで、外出しようと企んだ事まで書いてある。
「あれくのバイタリティはどこから来てるの?」
と、歯医者の友達に訊かれた過去があるが、バイタリティって何? と返し、「バイタルは解るのに」と沈黙され、わたしは自分で辞書を引いた――横文字に弱いのよ、ゴメンね――って何歳だよ、とか自分でツッコミを入れながら「生命力」であるという事を知った。


バイタリティ――生命力。
この言葉とわたしの関係は、説明出来ないつながりにある。本当に、何と説明すればいいのか、言葉を見つけられないのだ。医者が「奇跡」なんて口にしたら「非科学的」なのだろうが、それでもこの世界には「奇跡」というものがあるのかもしれない。


2004年10月18日 (月)

新しい? というよりも、昔の闘病日記をリアルタイムでお届けする事になりました。

T2002年春、カリエス闘病記U
http://www.nikki-site.com/index.pl?id=609;nid=38823
こちらです(Tものぐさ姫草子U同様、日記才人に登録しています)

2年前のを「リアルタイム」というのも変な言葉だ、となんとはなしに考えながらも――最初からタイトル(そのものまで)が重たいんで、入院だの手術だの耐えられないわ!! という方は、今のうちにお引き返しを。本当はログ倉庫にそのままぶち込んでしまう予定でしたが、才人で書けるならそっちで書いてしまへ、という感じで発車です。
さすが2年という長いインターバルがあって、見返してみたら人間的にも未熟です。


ものぐさ姫の更新が、カリエス記更新のせいで滞っちゃならんなー。と、今さらながらのプレッシャー。はう…
ものぐさ姫のようにCGIに…というわけにはいかないので、全てタグの手打ちになる(レンタルCGIそのものは組み上がっているのに、レンタルサーバが立てられないという実に間抜けな理由で)。ホームページビルダーを使うという手段がテキストオンリーサイトにはあるのだが、ビルダーを使っているとおぼしきサイトの表示がやや「?」だったので、ビルダーを使わずにやっていくという無謀なタグ中級者。
「なんか無謀な事ばっかりしてねーか、おまいさん」
と、半眼の親友がじーっと見つめてきそうだ(実際そうなってる)

ものぐさ姫に書きそびれた事、いくつか。
嶽本野ばら先生のサイン会にふたたび出没予定という事と、今週は病院ラッシュの事。
月曜日からすでに医者ラッシュで、さすがに「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」…なんてのは飛んでこないものの、ほぼ毎日白衣に御対面。こんな事を書いている数時間前にも、白衣に御対面。
何だか寝つきが悪い事と、夢を頻繁にみる、という事を主治医に伝える。
「どんな夢なの?」
「わたし、不倫してるんですよ…」
夢の中で、という言葉を聞く前に、主治医はブッと噴き出した。いや、そりゃないでしょ先生。
「で、あなたはどうしてるんですか?」(笑いながら)
「憧れてる人が出てくるんですね。で、好きだと。オイシイ夢だと大体の女性が思うかもしれません」
「うん、それで?」
「あなた奥さんいるじゃないですか、っていつも返しちゃうんですよ。わたし、変ですか?」
ついに主治医は爆笑した。この爆笑は、しばらく止まらない。おっかしーなー。わたし、漫才やってるのか?
夢だとハッキリ解っていないせいもあるだろうけれど、こういう夢に出くわすと、わたしは最初に「…妻帯者でしょ?」と、相手が誰だろうと言ってしまう。もっとも、夢の世界に鏡が出てくる事は珍しいので、わたしは自分の姿を確認出来ず、『自分そのもの』が夢の中でそうなっているのかまでは不明だ。もしも出てきた男性が妻帯者でなかったら、わたしはどうしていたのだろう?
こんな女の夢に出演させられる男性方に逆に同情を覚えてしまう自分にも「?」だ(苦笑)

月曜日に精神科、火曜日に医大、そして水曜日に婦人科の予約。また金曜日に医大。
完全予約制の婦人科を選ぶわたしもわたしだが、どうせならいい医者に巡り会いたい。前の総合にもいい先生はいたけれど、小児科が隣にあるので要らない病気をよく拾ってしまった事と、電車賃が治療費よりかかるのがネックだ。カリエスの手術後に風邪を拾って高熱を出してしまった前科があり、何より漢方薬の連携プレイが出来ない。
漢方というとエキス(ツムラやカネボウ)を連想しがちだが、わたしの飲んでいるのは生薬の調剤なので、各主治医が配分を把握してくれていると治療がかなりスムーズになる。また、距離にして徒歩でナンボの場所にあり、具合の悪い時などはタクシーで散財して財布が痛いが、総合のままだと痛みも鎮痛剤でしかおさまらないどころか、タクシーを使えるような距離ではない。万単位の金が飛んでゆく。
…というような事を考慮して、今度は予約という枷がついた婦人科へ。

本当は、予約ってとても苦手なんだけど、そうも言っていられない。寝込んじゃうぐらいになると。


2004年10月15日 (金)

医大へ。
朝っぱらからどんよりとした倦怠感があるが、これは単に電車に乗りたくないだけだ。そう考える事にして、さっさと春兼用の秋服に着替える。夏服と冬服と違ってあまり判別出来ないのが春と秋の服だが、色と素材の区別をつけ、いざ出陣。
ハロウィンには、オレンジ色の服を着たりする。本当はカボチャをかぶって「トリック・オア・トリート」と叫びながら街を行きたいが、日本では通じないので銀行や郵便局に入ろうものなら警備員がすっ飛んでくる。だったら頭巾に白い服なら文句ないのか、とか考えているわたしには、以前バイクの後ろに乗せてもらった時、フルフェイスのメットを外し忘れたという前科がある。
友達よりオマワリが寄ってくるというのは、困ったものだ。
まあいいか、とか思ってるあたり、さらに困った存在――わたし。

耳鼻科では、カールツァイスと読むのか、そのメーカーのでっかい顕微鏡(拡大鏡?)で、いつも耳を覗かれる。医者モノのドラマや漫画であるように、主治医はやっぱり頭に何かつけている。ちなみに、これは光を反射させて狭くて暗い部分を見るために必要なもので、眼科でお目にかかった事は「眼科で目」だけにない――あんなまぶしいのまともに喰らったら、治療しに行って逆に失明してしまいそうだ。
しかし眼科へ行くと、これまたどこかのメーカーの顕微鏡で角膜を覗かれ、レンズで眼を診察される。昼夜逆転のドラキュラ生活の長いわたしは、まぶしいのが苦手(昔から)でついつい眼球を光から逃げようと動かしてしまうが、文句を言われた事はいまだないので、元気に逃げ続けようと企んでいる。
自在に――《ハリー・ポッター》に出てくるマッド・アイ・ムーディのように後ろとまではいかないが、くるくる動く眼球。主治医からこれがどのように見えているのか、わたしは知りたくてたまらないのだが、眼を見せてくれるわけはないのであきらめる。耳鼻科では、花や耳までは見せてはくれないが、顕微鏡(何か名前が判明するまで便宜上そう呼ぶが、主治医は顕微鏡と言っている)を覗かせてもらった事はしょっちゅうある。
というより、空席になると許可を貰って医者気分。あくまで気分。わたしは逆立ちしても患者。
「自分の手でも見てごらん」
…見てみたが、見ているはずの場所がない。これでもプレパラート作成魔術師の名を冠して――勝手に――いるのに。そして、プレパラートを作るのは手早く空気も入れずに何枚も出来たが、ピントを合わせるのはヘタクソで、何枚もカバーガラスを割った事は、この際都合よく忘れ去っている。どうせ時効だが、わたしが割られる立場になったら、かなりヒステリーを起こしてしまっていたかもしれない。
「近づけすぎ」
倍率を切り替えればよいものを、うんと遠ざけて、やっと自分の爪が見えた。しかし、わたしは爪と指の隙間がこんなに汚れているという事をそこで知って、主治医の後ろから消毒用アルコールを使った。患者なんだからしなくてもと言われても、あんな爪を見た後では使いたくなるのも…毎日見たくない。こんなの毎日見てる先生てば偉い、と、何だかズレた尊敬の気持ちを抱いてしまった。
だが主治医、腕はいいが何か肝心な事を忘れてくれる――吸引用の金属製の管を取り替えていない。
「先生、それ取り替えた?」
わたしは耳を診られる時に顔を傾けるので、処置キットと台が見える。そうでなくても聞こえない年月は長かったので、視界の端で動くものを見る事が可能だ。ときどき便利だが、下手すると真ん中のものに対して逆に散漫な注意しか払えず、結果的に『なんでそんな場所に激突するか』と考えても『どんくさい』としか説明できないような事までやらかす。
「あ、忘れてた」
ちょっと待て。前の患者に使っただろそれは。

医大に行く時には、これからキョンシーを見習って、おでこから「ばっちり取り替えた?」とでも書いた札を下げておこうか。そうでもしないと、やはり忘れられてしまうと思うのだ。主治医がいつからそんなに抜けてきたのかは定かではないが、恐らく総合にいた頃からやっている(何度訊ねたか数えきれないので)が、MRSA対策には厳しいチェックを入れるのに、大丈夫か先生。

大学の講議を再開した頃からこのミスをやるので、頭は外から解らなくても、きっと高速で宇宙のようにぐるぐると回転しているに違いない。そしてやっぱり、主治医がいつまでも医大にいてくれればいいのにと思うと、その頭の中身はどうしようもないのだな、と、今これを書きながら半分以上諦観。


2004年10月13日 (水)

たとえ受け売りでも、伝える事に意味があればと。


朝っぱらから医大で豪快に倒れる。血圧が低いのが原因。
メンタル系の薬を飲んでいると血圧が下がる人がいるが、わたしはそういう薬を飲む前から鬼のかくらんも何とやらで、医者にかかると「…いつもこんなに低いの?」と問われ、「低い血圧」がどのぐらいか恥ずかしながら知識がなく、首をかしげる程度だった。しかし今朝は本当に低い――上80なし。段差で足が上がらなくてつまづいたり、座っても頭がボンヤリして「しんどいなぁ」としか考えられなかったので、電車の中にいた時から、もう血圧は下がっていたのだろう(立ってたし)
システム手帳に何か書こうとしても頭が回らず、持ってきた本を開くだけの力もなく、だらりと座っていたが前にのめって倒れそうな予感がして、倒れる前に寝かせてもらう。この医大のフロアには総合病院と違ってナースさんが少ないので、倒れるとえらい事になる…というのは、わたしの判断だ。去年、ここに入院した時に眠れなくてハルシオンのカクテルで失禁した事件では、夜中なのにナースさんが5人くらい個室に入ってきた。
おねしょで夜勤総動員なんて、なんちゅう迷惑患者(耐性菌もってるし)
反射的に親戚が集まった過去を思い出し、
「…これ危篤?」
と、眠剤で半分眠りながら思った。ナースさんが多いのは、わたしが耳の手術をした上に、睡眠薬の作用でふらついたりしたら危険だからという理由だけなのだが、医大ってこんなに素早くて対応がいいんだね…と、痴呆のおばあちゃん達と1ヶ月暮らしたわたしは、ずっと医大がいいなどと不謹慎な事まで考えた。そして、取り替えてもらったおろしたてのシーツで、気持ちよく眠った。
…カルテには、不名誉な事におねしょ記録が残ったが…
総合は人手がなさすぎて、おばあちゃんが失禁しても誰かが気づかないとほったらかしになっているなんて珍しくもなく、このままでは人間性をこっちまで奪われそうだとすら感じた。仕切りのカーテンをあけて、わたしを孫か誰かと思い込んでいたおばあちゃん――どうして、わたしは何もしなかったのだろうか。
ナースの仕事を取ってはいけないし、家族でも確かになかったけれど。


昨晩は、親友とメッセンジャーで話した。

きっとこの文章を読んでいるから、変な気をまわしたりしないようにあらかじめ書いておく。わたしは生まれつき血管がかなり細く、おまけに遺伝の低血圧、しかも血圧を上げるための努力もあまりしていなかったので、倒れた事を自分のせいだとは絶対に思わないでほしい。

今日は本格的に血圧を上げる薬も出され、簡単な運動などのアドバイスも貰ってきたので、もう大丈夫…たぶん。しかし、「起きたらスクワット」…って、何だろう(笑)。しんどい時は足を高くして寝る事!! と言われたが、それって脳貧血なんじゃないか…そうかわたしは脳貧血なのか…などと、ぐるぐるとそんな考えが、血よりも頭を回っていた。この頭、どうやら血より妙案より、余計な考えが回る。寝るほどしんどくないならスクワットをするのが、これから日課にプラスされる(今までの対策は「出来るだけ動く」のと「暖かいお風呂にのんびり入る」だけ)
鼓膜切開の予定があったが、謎の炎症で延期。鼓膜は内部に炎症があるようには全く見えないし、ある程度聴こえるのだが、なんだか1ミリくらい一部陥没しているとか。ここから浸出液が確認されており、これがなくなれば止まる「筈だから」……そんなわけで、次は金曜日。

さて、親友、体を壊してしまったが、世話になってばかりの(武道の)先生に恩返しをしたくて無茶な事をやらかしていたので、「あほたれ」一喝。一番の恩返しが何なのかは、その先生を見れば解る事だ。わたしも過去に「今生きていられるのは先生のお陰だから、何か恩返しがしたい」と言った事があるが、「じゃ、元気になってまた笑って」とだけ言われた。つまり、そういう事なのだ。
この親友は、わたしにも恩を返そうとするだろう。いい奴だ。
だけど言っておく。君の心も体も元気なのが、わたしは一番嬉しいのだ。そして、君の大切な人々も元気だと、わたしはもっと幸せな気持ちになれる。わたしは君から耳よりも、そういったものが欲しい。君が「耳をおまえにならやってもいい」と言った気持ちは解るし、有り難く受け取っておく。
それでも、わたしは君から貰うなら、耳よりも元気のほうが何倍も嬉しい。

それがわたしの出した答えだ――音のない世界で「聴こえる事はいい事だが、それだけでは幸せではない」と「それなら、わたしの幸せは何なのだ」そう考えた事、得た答え、それが音のない世界でわたしが掴んだ友情という、一生だって、ずっともっていける宝物。
聴こえない事では、数えられないほどの苦労をしたし、これからもするだろう。いつか全く聴こえなくなったら、わたしは絶望する瞬間を持つかもしれない。それでも、その絶望が長く続かないという事は、わたしを見てきてくれていた人々がよく知っている。
わたしは、絶望を希望に切り替えるすべを、大切な人々から教わったのだから。


君からも。


2004年10月11日 (月)

同人関係だと、人の目に触れる機会も回数も減る。なぜなら、カップリング論客が存在するから。
しかし日記となると、それはほぼ倍になる(日々のカテゴリが違っても)。なぜなら……以下略。


昨日の日記は更新してから「あ、しまった。これ、アダルトかぁ?」と冷や汗をかいてしまった。学生時代に官能小説も平気で読んでいたりした事や、好きな声優が昔は俳優で、ポルノ作品に出ていた事などを書いている理由からだ。しかし声優の件については過去の事だし、俳優として出演した当時は声優になるなんて、ご本人も考えていなかったかもしれない――しかも、こんな熱狂的な女が、「ひょんなキッカケ」でとんでもないファンに生まれるだろうなんて事も(自爆)

さて、職業における各々の肩書きだが、俳優ならともかく声優だと『ヲタク』なイメージがつきまとうが、その見方はいかがなものか? 実は声優の出番はたいへん多く、ご存じアニメ、ゲームは無論、CM、ドラマ、映画など、その出演は多岐にわたる。ドラマの予告やナレーションを俳優がやっていると思っていたら、大きな勘違いなのである。しょっちゅう顔が出るなら俳優やタレントと呼ばれるが、あまり顔を出さない人だと声優と呼ばれる。アイドル的存在・椎名へきるは元々声優としてスタートを切った存在だが、現在では声優とは全く呼べなくなってしまっている。
加えて、最近の声優は業界の風向きもあるのか、声だけ出しているという仕事が減っている。原作者の意向で「このキャラクターの声は是非●●さんで」と指定される事もあり、それが誰かというと、ファッション雑誌のコンテストで賞を取って、モデルとしても活躍している人であったりする。どうもコメントを見てみると、原作者だけではなく、指定された人がとても乗り気であったというのもあるのだろうが(苦笑)
その人が誰かというと、松田悟志――もう彼は、俳優・モデル・声優のマルチタレントと呼んだほうがいいのかもしれない。《仮面ライダー龍騎》のナイト役でブレイクし、《虹のかなた》が最近の作品だが、舞台などもこなしてモデルとして雑誌にも載る。声優としては《僕は妹に恋をする》という少女漫画(!!)がプレミアムDVDになった時、主役の片方の声アテをやっている。限定版の短いDVDだけあってクオリティは高く、タイトルで一目瞭然かもしれないが…そんなシーンも…
わたしは、色んな意味で鼻血を噴きそうになった。

ジャンル・カテゴリについて思う事がある。
今や同人をうたうサイトには当たり前のようにサーチエンジンにひっかかる成人指定のものがあり、どこからがアダルトでどこまで許容範囲なのか感覚がふっとんでしまっているというのもあるし、線引きというものが自分でもうまく出来ない。
プロにも今どきの『少女漫画家』には驚くものがあって、「こんなの載せて大丈夫…?」と、読んでいるこっちが冷や汗モノな作品まである。
そんなわたしは、当時小学生の妹に「おねえちゃんには、この作品がピッタリだと思うの」と、《悪魔なエロス》という漫画をすすめられ、吹っ飛んだ過去を持つ。頭にぐるぐる包帯を巻いたまま、わたしはそのまま病室の壁にぶち当たるまで吹っ飛ぶのではないか、と思った。そして、妹が漫画家を目指しているのを知っている彼氏は、のけ反って無言になった。

アダルトについて論じるも、内容によれば『時事・政経』カテゴリに分類される事があれば、「これはどう見てもアダルトだろ」と、こちらが指定したにもかかわらず『アダルト』カテゴリにぶち込まれるなんて事件まである。
日記書き達が集うサイトにはそんな事件が多発したようだが、わたしは今のところ、アダルトカテゴリに運営者からぶち込まれる経験は、幸いにも喰らった事はない。


なお、カテゴリーエースがあれば、喜んでそこに入りたいと思っている(?)


2004年10月10日 (日)

スパムがよく届く。
スパム――この耳馴れない単語に出会ったのは、かなり以前だったように思う。当時、わたしはスパムと縁がなかったので「何ソレ」と訊き返してしまい、最初から説明を受ける羽目になった。それからは、望んでもいないのに「待っていました」とばかりにスパムが届く。要らないのに(だからスパムなんだが)

ところが、うち半分くらいは解析でサーバやプロバイダが判明して、挙げ句の果てに反撃を受けてしまうという事がある。そこで出てきたのが偽造ツール・スパム業者依頼だの、というわけだが…そんな事してまでスパム送りたいんかな、暇やなコイツ…と、もう呆れてしまっている。
もし自分がスパムを山ほど受け取ってPCをクラッシュさせてしまったら、いったいどんな気持ちになる? 
返事がとても欲しい1通のメールよりも、ウンザリするほどのスパムしか届かなくなってしまったら?
他人もそうなれば愉快だと少しでも思ったら心が貧しい証拠だし、こんな広告受け取って喜ぶ人間なんて考えてみればいない。こんなんで喜べるなら、今頃こういったメールは『スパム』の名をほしいままにしてはいない。
また、スパムとまでは言えないだろうが、鬱陶しいのが「チューナー宣伝文句」。売っている物そのものが違法なため、そんなん誰が買うんだ? と、売りつけている人間の顔とお脳を見てみたい――違法と知らずに買うのもいれば、知っていて買うのまでいる。
残念ながら、取り締まりを厳しくすればするほど「どうにかして売りつけてやる」と考えるのが裏の人間で、法律はそれを出し抜くまでに進歩してはいない。いつも遅れに遅れて発動するのが法律というもので、出し抜けるならスパムどころか、あらゆる犯罪が消滅してくれるだろう(笑)し、そもそも法律に進歩などという言葉は、ふさわしいのだろうか? むしろ、進化というべきか?

不思議な事に、手元に届いたスパムは全部が男性向けのものだ。
内容はアダルト、出会い系と呼ばれるところのものであるが、女性向けがひとつもない事に軽い驚きすら感じる――男性向けならゲイすらあるというのに。先日は自分の本名(下)だけを名乗るスパムなんてモノまで届いたが、「名は体を表わす」というよりも「人柄でその名前そのものに対する印象が変わる」…と、妙に納得してしまった。
「あ、わたしの名前ってこんなケツが軽くてアホっぽく見えるんだ…」
アダルトビデオで名前を見つけると、正直いって落ち込む。だからといって、別にアダルトビデオが悪いというわけではない。アダルトビデオが全面的によろしくないものであるなら、もっと厳しい規制を受けているはずだし、身分証なしには観る事も出来まい。わたしが単独でこういった…こういったビデオを観る事は全くといっていいほどないのだが(借りるって勇気いる。たとえ好きな俳優が出ててもポルノとかって…嗚呼チャイルドマン先生)、ていよくカモフラージュにされた彼氏と眺めながら、
「ほえー」
という感想を持った。それはまさに「ほえー」としか言いようがなく、「ほえー」と思っている女性は、それこそ露出が少なくても、ヨン様の濡れ場のほうがずっと興奮するしドキドキする――ヨン様が特別好きというわけではない。ただムードって大切――が、男性というのはそうではなくて、こっちが「ほえー」としか思っていなくても、その気になってしまう事が…ある…という事に、わたしは「ほえー」と思いながら気づいてしまった。
遅かった…
…気をつけよう。
とか書いていながら、にっ●つロマン借りてきて!! とか抜かしていたり>自分で借りなさいよ、という返事


それでは、アダルトつながりで。
たまに、小説やその他文章についての質問を目にする。たまに、というのは、わたしは小説を書くためのノウハウ本を殆ど手に取らないからだ。最近は冲方丁(うぶかたとう/小説家)のサイト《ぶらりずむ黙契録》を参考にしているが、それ以外に『かきかた』を学んだ事はなかった。
これを言うと最後だが、書き方だけを学んでも、当の作品を書かねばどうしようもないからだ。
ちなみに、わたしは冲方氏を《ピルグリム・イェーガー》という作品で知った時、女性だと思っていた。その後《マルドゥック・スクランブル》の略歴を見てひっくり返ったわけだが、《カオス レギオン》はまだ読んでいない。
「官能小説を書くにはどうしたらいいですか?」
そんな質問に答えたのは、「小説の書き方を教えます。これで駄目ならあきらめろ」で有名な女性作家だ。
「自分で書いていて感じなきゃ、読む人も感じないでしょ」
…というのが、ご回答だった。答えたその人の名は、挙げるまでもないと思う。
とにかくエロ用語を連発すればいいというものではない、という事だ。しかし、感じ方って本当に色々ある。自分の好きな作品を書いた作家さんの他の作品に手を出したらエロでした、なんてハプニングも、しょっちゅうあった。性というものは、時代と切り離せないものなのだろうか? 時代物ばかり読んでいた。
友達に「ソレ未成年が読んでええんかぁぁ!!」と道端で叫ばれてしまった逸話までわたしは持っているが、エロ要素があろうがなかろうが、面白いものは面白いのでこればかりはしょうがない。しょうがないのだ!! と、わたしがその場で即叫び返したかどうかは、ご想像におまかせする。

ところで、感じ方云々、趣味嗜好(!?)もそうであるように、その趣味ではない人がSM作品を読んで興奮はしない――とはいえ「趣味ではない」というのは、あくまでも「その人が自称している」のであり、SでしたMでした意外でした新境地です、という人はゴマンと存在する。一昨日の日記で派手に名前を間違えるポカをやらかしたが、これは『SF』と間違えているのでは…断じてない…ナイ。
「趣味ではない」
ところが、その作品で興奮したらその嗜好があるという事に…認めたくないが…なる。
自分という生き物は、日頃から自分で見ているほど解る存在ではない。他人から見たほうが解りやすい部分があれば、他人から見ても解らない部分まで、人はたくさん持っている。マイナスであれプラスであれ、気づくというのは自分の在りようを問うためによい事だが、この世の中はプラスしか見たくないという後ろ向きな人間もいる。
それでは、いつまでたっても「自分は完全無欠の存在だから変わらなくても構わないのだ」し、マイナス面は知らないあいだに広がってゆくだろう。だから、わたしは自分のマイナス面に向き合わない人を「後ろ向き」と形容する。
見る事と知る事と、認める事はまた別だ。
認めるだけの強さがないから、認めたくない。変えられるだけの自信もないから、認めたくない。
そうやって逃げて生きるのは楽だろう。楽だが少しも進歩はしない。自信があろうがなかろうが、経験とともについていくしかない自信だってある。誰だって、白紙の状態で生まれ落ちてくる。その『白紙』をどうするかは、所詮自分が決めるしかないのだ。


…わたしって、Mなんだろうか…それとも両刀?(もう突っ伏したい)
少なくとも「至って普通、真ん中」にいるのでないのは、確かだ。
変態の域までいかなきゃ大丈夫だろうが、エロやアダルトやポルノうんたらで人生論もってくるあたり既に変人。


2004年10月9日 (土)

昨日の日記の間違い訂正です。
DTPじゃないです。OHPです>あほ


2004年10月9日 (土)

ぬぉっぉぉぉぉぉおおぅ。おおぅぅぅのぅ!!
ワープロ壊れました。

…原稿書けません。
たぶん新調するでしょう。ぐっすん(涙)



一番最近の10日 これより前の10日


this diary-keeping system is based on apeboard by 2apes.