苦しゅうない、もそっと近う寄れ
めにぅ
めーる
BBS
日記才人




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2004年10月21日 (木)
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父親と母親から自分ってどう見えているんだろう、とか、詮無い事を考えてみる。 きっとこれだけは変わらない――「いつまで経っても子供だ」と思われる事。それ以前に、就職が難しいとか話さなければよかったかな、とも考える。わたしが申し込んだアルバイトは全部耳を理由に蹴っ飛ばされたし、とある(わたしより重たい)聴覚障害者の女の子は「風俗しかないんだよね。バイトって。この仕事を始めた理由は、そこにもある」というような事を言っている>風俗ならば絶対働けるという事ではないよ!! 就職先がなかなか見つからないという事も、それもまた幸せのひとつだろう。なんて書いたら「バカかお前は」と言われそうだが、「就職出来るまでチャレンジできるだけの時間」が、そういった人々には約束されている。就職出来るまで苦しいという人もいるし、わたしもその中のひとりだけど時間がある。体調は崩れたり持ち直したりをくり返しているが、命がある。命にも時間にも限りはある。 それでも「あなた、あと少ししか生きられないよ」と宣告されたわけではない。 恋もしている。やりたい事も見つけた。 わたしには、それすら叶わなかった友がいた。この季節になると、彼女の事を必ず思い出す。
カリエス記は、まだサイトの方では日記でしかその存在を明かしてはいないが、動作確認のついでにこちにも読んでくれればと、日記を読んでくれている友達にアドレスを教える(ものぐさ姫に書かれているアドレスは日記才人経由)。昨晩はCGIを組むのが趣味なC君に見てもらって、バッチリ動いている事が確認出来た。 「これ、一見CGIに見えたけど、全部手打ちなんだねー」 えっ? CGIっぽい!? なんて嬉しい事を言ってくれるんだ!!(笑)>自分では未だ最初から組めません いつも読んでくれているBちゃんには「2年前の事を、何で書こうと思ったの?」と問われた。わたしはそれに対して「過去の自分へのケジメかな」と答えた。骨があった頃には、2度と戻る事は叶うまい。イアーバンクでお世話になっても変わらず、えぐられた頭蓋骨の一部は決して返ってはこない。 失うと戻ってこないものがあるという事の認識、そして、自分の様々な病気の認識の甘さへの戒め、学生という身分を特権だとでもいうように感じていた当時の傲慢なわたしへの、自分なりのケジメだ。わたしは小学生の頃から「書く事によって己を認識する」といった事を、この年になってもやっている。 全ての人に「書く事」を勧めはしない。書く以外にも自分を認識出来る方法はいくらでもあるから。
もしも人様の掲示板に書き込む回数や文章が(かなり)多くなってきたならば、自分でサイトを立ち上げる事をお勧めする。その理由は、「誰かが書いた事について何か論じる気持ちがそんなに頻繁に訪れるのならば、自分でそれを題材に主張出来るのではないか」と常々考えている我が身にある。掲示板のレスポンスがわたしのサイトでは頻繁に遅れるが、日記は不特定多数が閲覧していく。思う事があれば、わたしはチャットや掲示板、メール、メッセンジャーでそれを受け取る。 ただ、掲示板に(日記が、ほぼ同じ自分という根底がある主題を持つにもかかわらず)やたらと書いていく人をたまに見受けるので、わたしの発言に色々な意見をいただけるのは、表現者としてたいへん嬉しい事だが、うまい文を残していく人が多く、勿体ないとかなり感じている>ネタにされたいなら別よ?(笑) しっかりと『自分』を見つめてとらえればサイトを立ち上げ、自分にある“何か”を掲げて運営していく事が可能だ。サイトを持たない理由が「料金を支払えない」という事や「タグが解らない」など、そういう事だと少し哀しくなる。無料でスペースを提供してくれるプロバイダ、あるいはサーバは探せばあるし(実際そういう人は日記書きさんにも多く、あのライブドアもブログスペースを提供している)、タグはサイトのソース解析でいくらでも拾ってこられる。 スタイルシートやCGIを無料で提供している人々はネットワークの海に、応じた潮流に乗った魚達のように泳いでいる。それを見つけられないのは探索不足もあるし、覚悟不足でもあるだろう。サイトを立てるという事は、自分を文字や画像で表現する事にほかならず、そしてそれは「匿名性の利用で一方的に発信される情報」ではなく、自分のサイトの存在、及び内容、方針に責任を持つ事でもある。
わたしは頭を下げてでも、この日記を書き続けていきたい。ずっと書き続けていく事が出来るなら、それはわたしにとって最大の幸せのうちのひとつになる。だけど、それはあくまでも「わたしの幸せ」であり、この日記は「わたしの幸せである事を望む人」によってプログラムを組まれ、作られている。掲示板もひとえに彼らの気持ちがあればのこそであり、助力なくしては存在もない。
何ひとつ無駄にしたくない――それがわたしの正直な気持ちだ。 夢のようなものであっても、叶う夢もあるのだ、自分で叶えるのが夢だ。 わたしはそう、強く信じている。
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